日輪の龍~異聞、龍造寺隆信伝~ 8話 自分で歩きやがれ、くそっ

龍造寺の一族、三人が討たれた祇園原古戦場に建つ祇園社。

晴れ渡った空、春特有の強い風。トラ達一党はひたすら肉体労働に勤しんでいた、いわゆる跡片付けだ。

「死人がこれほど重いとは。長太、足を持ってくれ、俺は左から持ち上げる。半次郎は右からだ」

「自分で歩きやがれ、くそっ」

足のほうへ回り込みながら蹴とばす長太。腕を掴んで持ち上げようとする半次郎が、顔を見て片手で拝む。

「こいつの顔を見ろよ、恨めしそうな顔してやがるぜ。祟るんじゃねえぞ、なんまんだぶ……」

水ケ江城の奪還に成功した龍造寺家兼。城内での戦闘が終わり、トラ達が持ち上げているのは死体だ。

身分ある武士の死体は首実検のあと身内に引き取られるが、雑兵は引き取りてもなくうち捨てられる者が多い。野戦であれば裸に剥いて放っておく死体も、城の中ならそうはいかないため、駄馬の背に数体の死体を括りつけて場外に掘った穴まで運ぶのだ。穴は陣夫と近隣から集められた農民らが掘っている。農民の目当ては、もちろん飯だ。

そしてトラ達一党は、死体を駄馬の背に担ぎ上げる作業に従事していた。

「しかし臭い、もう少し如何にかならんものかよ」

朝方はまだ肌寒い弥生の季節とはいえ、早くも異臭が漂い始めている。春先だからよかったものの、これが夏場だとどうなっている事か。想像しすると胸が悪くなる。

ドーンドーン、太鼓が打ち鳴らされた。人夫を交替させる合図だ。

「よーし、交替だ。先手の者は飯が出来てるぞ、厨(くりや)の前に並べ」

この日の飯はズイキと玄米の雑炊に焼き味噌と梅干し、勝ち戦だったためか今日もご馳走だ。トラたち一党も皆とともに、壁のない掘立小屋のような厨とよばれる建物の前にできた行列に並ぶ。この小屋の中に竈があり、煮炊きをしているのだ。

こうやって温かい飯が振舞われるのは、城戦ならではの光景だろう。野戦だとこうはいかない。支給された米などを利用して、自分の兵糧は手ずから調理するのが一般的なのだ。そのため食器は各個人が携帯している。

「龍造寺の殿様は気前がいいな、今日も旨い飯にありつける。肉が無いのが残念だけど、ありがたい事だ」

***

水ケ江城の奪還し、旧領を回復することに成功した龍造寺家兼。しかし一連の騒動のなかで一族の者を多く失い、龍造寺の家は存亡の危機に瀕していた。

今回の謀略を主導した馬場頼周は肥前守護である少弐氏の一門、忠義に厚く「博学にして才知あり」と評された武将であった。頼周は大内との戦いの中で武功を重ねて存在感を増していく龍造寺氏が、やがて主家を凌ぐ力を持つのではないかと危惧して排除を決意する。

「出る杭は打つべし」

頼周は主君である少弐冬尚に「龍造寺は大内に通じて独立をしようと考えている」と讒言を繰り返し、不振の芽を植え付ける。さらに龍造寺の台頭を快く思わない西肥前の国人衆を密かに反龍造寺で結束させ、各地で反乱を装い挙兵させるとともに、龍造寺氏に対して少弐冬尚からの主命としてそれらの討伐を命じたのである。

まずは島原の有馬氏が杵島郡長島へ出兵、多久氏が居城梶峰城で挙兵、波多・鶴田氏など松浦党が上松浦・唐津で挙兵、龍造寺家兼はそれらに対応すべく一族を三手に分け出陣することとなった。頼周の狙いは強力な龍造寺軍団を分散させて各個に撃破するとともに、その隙に龍造寺領へ侵攻するというものであった。

各所で奮戦する龍造寺軍、しかし有力な国人を複数同時に相手するのはさすがに無理があった。援軍の申し出には返事もなく、一族の者を数多く討ち取られて惨敗した龍造寺勢。さらに、あろうことか敗戦の責を問われ、石井兼清率いる少弐の軍勢に城を囲まれたのだ。

「こんなはずではなかった」

呆然とする残された龍造寺一族、そこへ救いの手を差し伸べるかのように頼周が手を差し伸べる。頼周は家兼の孫婿であった息子の馬場政員を通じて龍造寺家兼に降伏を勧告、城を明け渡したうえで申し開きをせよと迫ったのだ。

かくして家兼は筑後へ落ち、一族の一部を筑前へ落とし、そして主だったものは主君少弐冬尚に申し開きをするべく勢福寺城を目指していたのだ。しかしこれも頼周の謀略であった。

筑前へ落ちようとした者は川上社で討たれ、申し開きに向かった者は祇園原で討たれた。龍造寺氏はこの策略によって、水ケ江龍造寺の当代当主を始めとした一族十名以上を一度に失ったのだ。

この事により龍造寺氏は少弐氏と対立することとなり、独立勢力としての道を歩み始めることになる。

***

「石井の者はこれに集まれい」

食事を終えて人心地ついたトラ達の元へ、集合を告げる組頭の声が聞こえてくる。味噌をふんだんに使ったご馳走にありついた後は、疲れを癒すための昼寝の時間。うとうととしているところへ号令がかかった。

急いで石井党の面々の後ろに並ぶ三人。しばらくすると石井兼清があらわれ、皆を前に今後のことについて話があるという。

「みな、昨日はよく働いてくれた。お主らの働きによって、再び殿をこの城に迎え入れることができた。そこで、これからの事についてだが、家兼様は仇討を所望じゃ。龍造寺の一族、一門の仇敵となった馬場頼周、政員父子を討つ」

「おおおおっ」

まだ合戦の興奮が残っているのか、目を輝かせて兵士が吠える。勝ち戦で懐が潤ったのか、士気は非常に高い。ならばこのまま、間を置かず敵にとどめを刺すべきだろう。

「近いうちに沙汰がある、それまでは陣夫らに加勢して城を片づけよ。それが終わったら次の戦に備えてゆっくり体を休めておけ。いいな、以上だ」

「おおおおっ」

「それと、そこの悪童ども、こっちへ来い。わしについて参れ」

トラを見てニヤリと笑う兼清。まだ元服していない子供が大人の兵らに混じっても、まったく気後れすることなく堂々としている様が可笑しかったのだ。

辺りは城内での乱戦を物語るかのように、様々なものが打倒され、燃え塵になっている場所もある。痛々しい戦の跡が残る中を歩く甲冑の武者と、三人の雑兵。郭の虎口をでて水路を利用した堀を渡り、郭の先に大きな寺が見えてきた。

「石井様、わしら何かしでかしましたかい」

無言で前を歩く備大将、戦の成り行きで組下に編入された三人。急ぎ足で寺へ連れてこられたトラは、なにがしか不穏な雰囲気を感じ取った。今回の合戦でも勝ちが決したと見るや稼業に精を出した三人。今までのような野伏の武者狩りではなく、雑兵として組下に居ながら派手にやったのがまずかった。

合戦の終盤は死体あさりばかりやっていた、敵も味方も関係なしに、だ。ひょっとすると、それを咎められるのかもしれない。そんな不安に駆られたトラ。思わず先頭を行く兼清に尋ねた。

「いやいや、お主らはよく働いてくれた。ただの悪餓鬼と思うておったが、なかなか肝が据わっておる。なに、家兼様がお呼びなのじゃ。円月様の手の者が手柄を立てたのあれば、興味を持たれるのも当然であろう」

そう言いながら寺に着いた一行。山門をくぐったところで武器を預け、本堂前の広場に張られた幕内へと連れて行かれる。周りを見渡すと正面に寺の本堂、階段があり入り口がある。階段の下、両側に槍侍が二人。そして幕の四隅にも槍侍が立っており、興味深げに三人の小さな足軽を見ていた。

「おお、よう来た。お主らが円月の小者か。童らしからぬ天晴れな働きであったと聞いている。どれ、近くで顔を見せてくれんか」

「はっ、ははあ」

寺の本堂、開け放たれた両開きの引き戸。そこから前触れもなく大将である家兼があらわれ、声を掛けてきた。トラ達は武士ですらない地下人、いや、更にその下、孤児が寄り集まった悪党と言われる野伏でしかない。まさかいきなり声を掛けられるなど、想像の埒外だ。三人は慌てて顔を伏せて跪く。

「面を上げよ、可愛い曾孫の与党というではないか。どれ、しかと顔を見せてくれ」

「は、はい」

トラはその言葉を聞き、戸惑いながらも恐る恐る顔だけを正面に向けた。そこには皺くちゃの小さな老人が鎧下を着け、笑顔で三人を見下ろしていた。

「そのほう等、名はなんと申す」

「は、はい、おいらはトラ。この右手に居るのが長太、顔に傷があるのが半次郎。あと、未だ幼く戦に出ては居りませんが、梅介という者が居ります。我ら四人、わけあって追われていたところを円月様に匿って頂いたのです」

「ふむ、その経緯もさっき聞いた。我らの諍いにまきこまれて身内を討たれたそうじゃな、申し訳く思うておる」

すまぬ、と頭を下げた家兼を見て周りの近習が慌てるが、それを手で制した家兼。

「め、滅相もございません。我らはその、戦があればその、そういう稼業でございますれば。蔑まれる事はあれど、殿さまから謝罪を受けるようなことはありません。間が悪ければ、討たれる事も覚悟の上でございますれば、その……」

そうか、と何度か頷きながら家兼はトラの前にしゃがみこみ、目線を合わせた。

「トラ、と申したな。そのほう、誰ぞ教えを受けたか。身のこなし、言葉使い、ただの野伏とは思えぬが」

トラは前世の記憶がある。自分の事は何も思い出せないのだが、さまざまな知識や経験が記憶として身についているのだ。そこから分かったのは、相当に高度な教育を受けていたらしいということ。もちろん今生でどれほど役に立つか分からないが。

「いえ、もとは捨て子。拾って育ててくれたのは名尾村の猟師でございます。猟の仕方や、山で生きるのに必要な事は養父より教わっておりますが、それ以外では円月様から手習いをここ最近」

「あ奴が人にものを説くか」

曾孫の成長が嬉しいのか、呵々と声を上げて笑い。うんうんと何度か頷いた後に素面にもどると、トラの目を見つめ問うてきた。

「お主らは見て知っていようが、こ度の事で我らは多くの一族を失った。そこで円月を還俗させ、家のために働いてもらおうと思うておる。そこでじゃ、そなたら三人が良ければの話じゃが、奴の側で仕える気はないか。侍にしてやろう。もちろん無理にとは言わんが」

その言葉を聞き、今まで大人しくしていた半次郎が喜色を浮かべ、トラの肩を叩きながら口を開いた。

「ほ、本当ですかい、殿様。やったな、トラ。俺たち侍だぜ」

「長太、お前は商家の出だ。侍になりたいか」

「これからの戦は銭がかかる、侍にも算術が必要となるだろうよ。ならば俺の働き場所もあるはずだ。なにより、円月様には恩がある。返さねえままじゃ寝ざめが悪い」

顔を上げるのは憚られるのか、やや目線を下にしながら、しかし確とした声で言葉を返した。

「なれば私も異存はありません、ぜひ、よろしくお願いいたします」

トラは家兼の目を力強く見据えて返事をした。

「ふむ、よい面構えじゃ。トラ、歳はいくつじゃ」

「捨て子ゆえ、確とは分かりませんが。養父に拾われたのを一つとするなら、十二でございます」

トラの背丈は五尺 (一米五厘)と少し、これはこの時代の一般的な大人の慎重に匹敵する。おそらくこれから成長期を迎え、六尺を超える大男に成長するのだろう。

「十二で既に見てくれは立派な偉丈夫だな、戦働きだけでなく知恵も回るようじゃ。これからの成長が楽しみじゃわい。円月を頼むぞ」

「ははっ」

力強い返事を得た家兼は嬉しそうに笑うと、そっとトラの頭に手を乗せて三人の顔を順に見た。

「いずれにしても、まずは息子と孫の仇を討たねばならぬ。まずは馬場の奴等を討ち果たしてからじゃ、月があければ早々に牛頭を攻める。城の始末は他の者らに任せ、お主らは円月の元へ使いしてくれぬか。兼清、よいな」

備えの大将である石井兼清にトラ達を使わせることに対する断りを入れ、家兼は立ち上がり踵を返した。

「ははっ」

その背に返事と共に頭を下げる家兼。それを見て頭を下げるトラ達三人、家兼が寺の本堂に入ったのを確認して立ち上がった。

「このことは此度の戦で獲った首の褒美とは別だ、それも次の戦が片付いてからになろう。楽しみにしておくがいい。では早速、宝琳院へ向かうが良い」

そう声を掛けられたトラは、きょとんとした表情で兼清を見返した。

「殿さまは使いと申されましたが、いったい何の使いをすればよろしいので」

「あははは、無事の報告と、あとは戦の話でもすればよいのじゃ。還俗の件もそれとなく伝えておけ、身辺の整理と心構えをしてもらわねばならぬ」

「かしこまりました、では早速に。長太、半次郎、行くぞ」

トラは兼清に礼をし、長太と半次郎もそれにならう。そして城の外へと駆けだしていった。

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