戦国時代の雑兵に支給された兵糧と水の量、戦国時代の軍勢における食料事情

腹が減っては戦が出来ぬ、兵糧なくして合戦は出来ない。某歴史SLGでも合戦の際に重要な要素となるのが兵糧、つまり兵の食糧です。その兵糧、兵士に支給する食料は、実際にはどれくらい必要だったのか。ちょっと調べてみた結果がコチラ。

雑兵足軽一人当たりに支給された食料

足軽は戦に参加すると食料を支給される。戦国時代、土地を相続した長男以外の者たちが食べていくのは大変でした。そんな人たちにとって、稼ぎ口として最も手っ取り早かったのが合戦です。食料が支給されるうえに、乱取りなどの略奪による副収入も見込める。戦国時代の合戦は、領民を食べさせるための公共事業的な側面も持っていました。

足軽は戦に参加すると、通常、一人あたり一日に一升の米が支給されたそうです。これはあくまで一般的な基準とされている量で、実際には兵を集める領主の懐具合などに左右されたそうですが。

朝に二合五勺、夜に二合五勺、夜の戦に備えて臨時に二合五勺。だいたい八合くらいの量が支給されたという記録もあるそうです。

仮に一人あたり八合が支給された場合、現代の米を基準にして一合150gで必要量を計算してみると、一千の兵を集めたら一日当たり必要になる米の量は一日あたり1200kg、1.2トンもの米が必要になります。一万の兵を動員したら……考えるだけで恐ろしいですよね。さらに長期の遠征ということになったならば、膨大な量の米が必要となります。

援軍のあてなく城に籠るのは愚策と言われていますが、長期篭城に耐えることができるのであれば、攻撃側の兵糧が尽きるのを待つというのも立派な戦術だったのです。

水はどれほど必要になるか

兵士一人当たり、一日に一升の飲料水が必要になったそうです。一升の水は重さ1.8kgですから、これも千や万の軍勢になると膨大な量を確保しなければなりません。

一般に敵地の井戸水は飲むなといわれていました。なぜならば、村人や敵兵が撤退する際、敵に井戸を使わせないため汚物を底に沈めていくなどの対策をしたからなのです。なので戦陣での水は川を利用するのが一般的でした。

敵が籠る城を落とすなら水の手を絶てばいい。城内に水瓶などで備蓄しても大した量はまかなえないでしょうから、攻守いずれの軍勢も、水源と輸送路の安全を確保するということは、継戦能力を維持するうえでとても重要だったのです。

飢えたときは戦国足軽の保存食

十分な支給があるうちは食料の心配など無用ですが、合戦というのは不測の事態が起こるものです。もし食料の支給が滞り、飢えてしまったらどうするのか。飢えるのは戦場の常、そう心得ていた足軽たちは自前の保存食を用意して戦に参加していました。

有名なところで言うと干飯、蒸したり炊いた米を天日で干してカラカラの状態にしたもの。これは現代でも普通に作られていて、ねっとで「干飯 レシピ」で検索してみると、災害時に備えた非常食としていくつかヒットする。作り方を見ると、ご飯を炊き、水で洗ってぬめりを取り、そのまま五日から一週間天日に干したもの。

熱湯で戻せば、そのままお粥のようになるという優れものだ。

さらに干飯によくにた保存食として焼飯というものもあったようだ。これは「やきめし」ではなく、糠が付いた米をよく炒ったものでした。

さらに味噌を干して固形にした卵くらいの大きさの玉味噌、板状に伸ばした板味噌、塩を焼き固めた焼塩、梅干、里芋の茎(ズイキ)を味噌で煮てから干して乾燥させ紐状にしたもの。干しネギ、干しゴボウ、大根の葉、干しゼンマイなど、同じように味噌煮にして乾燥させた野菜や山菜もあったようです。

これらの味噌干し保存食は、湯に浸したり煮込めばそのままみそ汁になる優れものでした。

関連記事

  • コメント ( 0 )

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。

CAPTCHA