日輪の龍 ~異聞、龍造寺隆信伝~ 6話 曾爺様が兵を挙げた

天文十四年(一五四五) 三月某日 川副郷 鰡江(しくつえ)

水ケ江城跡に建つ龍造寺隆信公の碑と、胎盤を収めた胞衣塚。

自身は筑後へ退き城を明け渡したにもかかわらず、一族六名を弑逆するという暴挙。さらには、その前にあった内乱騒ぎ、ここでも龍造寺一門から討ち死にが出た。

その全てが同じ少弐に仕える国人、馬場頼周の策であったことを知った龍造寺家兼は、逃れた先の筑後一木(ひとつき)で憤慨した。

仇討ちを決意した家兼は、すぐさま水ケ江城奪還に向け行動を起こす。まずは密かに接触していた鍋島清房に、龍造寺配下であった佐賀の国人、郷士に対し決起にむけた根回しを命ずる。

そしてこの日、水ケ江開城からおよそ二か月。鍋島清房、石井党が中心となって集めた兵の数は、近隣の与賀川副の者を含めて二千余。川副郷鰡江の無量寺で戦支度を整え、龍造寺家兼と合流すると、すぐさま軍議が開かれた。そして翌明け方、水ケ江城奪還に向け進軍を開始したのだ。

「トラ、トラ、曾爺様が兵を挙げた。トラ、居るか」

「おおっ、いよいよか。神代に殺されてたかもしれない俺たちを救ってくれたのは円月様だ、ようやく恩を返せる時が来た」

庭で草鞋を編んでいたトラが立ち上がり、円月の元へ駆け寄る。

「本来ならば俺が駆けつけたいところなのだが、僧ではどうにもならぬ。トラ、お前たちは俺の弟分だ、頼む曾爺様を助けてくれ」

「おうよ、円月様。さんざん世話んなったんだ、もちろん否はねえ。ただ、心配なのは梅介だ。」

「ああ、梅介の事は任された安心しろ。それとな、お前らのために具足を用意してきたのだ。旗もあったほうがよかろう。おい、こっちへ持ってきてくれ」

この日のために円月が用意していたもの、それは円に月が描かれた円月紋の胴。さらには、円月の紋と日輪、龍造寺の日足紋が上下並んで染め抜かれた旗指物が三本。他に籠手、臑当て、革の陣笠という一般的な足軽の装備品一式であった。

「円月様。これ、貰っていいのか」

「おうよ、この日のために作らせておいた。ダテにお前らの上前を跳ねてたわけじゃないんだぜ」

「これはすげえ。梅介、半次郎と長太も呼んできてくれ、畑に居るはずだ」

そう言いながら、自分の装具を身に付け始めるトラ。梅介は「ちょうたー、はんじろー、すぐもどれー」と叫びながら駆けて行く。ほどなくして、なんだなんだと言いながら二人が戻って来た。

バシャッ

「な、なにしやがる」

いきなり桶に入った水を浴びせられ、拳を握ってトラを睨みつける。

「どうだこれ、すげえだろ。円月様が用意してくれたんだ。出陣だぜ、お前ら。畑の汚れを落として早く支度しろ、すぐ出るぞ」

「こいつは、俺たちがくすねてきた胴を打ち直したもんかい」

長太がまじまじと用意された具足を見る。

「すげえ、そろいの紋。これはどこの家の紋だ」

そろいの紋が気になったのか、半次郎が問う。

「円に月だ、円月紋と名付けた」

どやっ、とした顔で円月が応える。

「てこたあ、俺たちゃ円月様の衆ってことかい。そりゃいいや」

「しかも旗には龍造寺の日輪まであるぜ」

「おおーすげえ。けどさ、大丈夫かよこんなの」

円月の答えに喜ぶ半次郎、そこへトラが旗指物を見せる。龍造寺の紋を見た瞬間、長太が少し心配そうな顔をするが。

「曾爺様も鍋島も、この円月の紋を見れば誰の手の者かわかってくれるだろ。じゃなきゃ無礼討ちかもな。がはははは」

「ちょっ、円月様、がははじゃねえよ」

「いやいや、書状の一つも持たせてやりたいところだが、万に一つがありゃ寺に迷惑がかかる。あとは得意の口八丁でどうにかしろ」

馬鹿な会話を繰り広げる悪童3人と1人の怪僧、このとき初めて使われたこの円月の紋。後に龍造寺隆信旗下の先手衆、鬼虎の旗印、鬼虎の月として九州の諸将に恐れられることになる。

「出たとこ勝負か。まあ所詮おれたちゃ野伏足軽だからな、それも悪くねえ。じゃ、言ってくるぜ円月様」

「おう、戦の前に討たれるんじゃねえぞ。がはははは」

「トラ兄ちゃん、ぜったい帰ってきてよ」

円月と梅介の見送りを受け、意気高く出陣する三人。みな戦に加勢するのは初めてではない、今までも乱戦のどさくさにまぎれ、勝ち方にまざって乱取りや剥ぎ取りに加わって来た。

龍造寺家兼が水ケ江城奪還の兵を起こした川副郷は、水ケ江城の南の方角にある郷だ。軍勢は真っ直ぐ南から来るはず。

「トラ、見えたぞ、あれだ」

半次郎の指さす先、林立する旗と幟、そして戦支度の大人たちが見えてきた。

「どうする、正面から合流するか。それとも、今までのように乱戦になってから紛れ込むか」

トラ達は武士から嫌われる落ち武者狩りなどを生業とする野伏。雇われの足軽という側面も持ってはいるが、トラ達は子供であったため足軽として雇われることもなく、野伏ばかりやってきた。その引け目があるのだろう。

「馬鹿トラ、そんな事してみろ。せっかく円月様がこの紋をくださったんだ。胸を張って堂々と見せつけなきゃ、また錫杖で尻を叩きあげられるぞ」

「ははは、長太の言うとおりだ。おれは正面から行くぜ、トラ」

「尻は勘弁、あれは痛いなどというもんじゃない。後になっても数日は厠で地獄をみる」

「ならシャンとしろ、頭。ほれ」

道の真ん中で半次郎に押され、転びそうにつんのめるトラ。軍勢はすでに目と鼻の先、相手の顔が見えるほどの距離に詰まっていた。そこへ軍勢から一騎、馬が駆けてくる。

「まてーーーー、とまれーーー。お主ら、我らが誰の勢か知っての狼藉か。しかもなんじゃ、その旗印。恐れ多くもおっ、手討ちしてくれる」

「お、お待ちください、我ら佐賀より加勢に参った次第、しばらく」

「お主ら三人のみか、しかもまだ子供ではないか。さては野伏はたらきのため、紛れ込もうとしておるな」

騎馬の上から槍を突きつけ、問答無用と凄む騎馬武者。お待ちくださいと、事情を説明するきっかけを掴みたいトラ。道の端で問答をしているうちに、軍勢の先頭が通り過ぎていく。すると少し後方からまた一騎、騎馬武者が駆けてきた。こんどは少し立派な前立て兜を被っている。

「おい、まてまて。そこの悪童ども、その紋は円に月じゃな。さては、円月様の手か」

「いかにも、いかにも。我らは円月様よりこの軍装一式を賜り、戦に参ぜよと命じられたのでございます。我が名はトラ、このひょろっとしたのが長太、顔に傷があるのは半次郎でございます」

急いで跪き、頭を下げるトラ。それを見て長太と半次郎も習う。

「そうであったか、危うく戦の前に討たれるところであったの。まあよい、儂があずかろう。我が名は石井兼清、とりあえずお主らの大将じゃ。ついて参れ」

「ははっ、ありがたく。」

そう言ってトラは最初の騎馬武者に頭を下げると、兼清の後に着いて軍勢の中に入った。

「いまや勢いは龍造寺。家兼様には地の利、そして時の運がある。天も卑怯な謀りで味方討ちをする馬場の肩は持たんだろ。そしてうまく合流もできた、勝ち馬にまちがいねえな」

行軍しながら長太が言う。

「しかし長太、半次郎もそうだが、俺たちは城攻めなんてしたことねえぞ」

すると三人の会話を聞いていた近くの足軽が口を挟んできた。

「なんだ若造、おまえら城攻めは初めてか。城攻めってのはな、盾侍の後ろに一列でついて行ってな、進めの号令で前に出て、目の前の土居を越えればいいのさ。で、今から行く水ケ江の城は水城だからな、いくつも筏を組んで何本も浮桥を掛け、みなで同時にわっと出るのさ。城の内につきゃ目の前は土居、あとは土居を攀じ登って敵を追い落とす。弓を追えば他の衆も次々登って来る。まあ、お前らは初めてだからな、岸についたらとりあえず筏の盾に隠れてろ。でな、誰かが弓を追い散らして穴を開けたらそこへいけ。先頭を行くなよ、ゆっくり這い登って土居内に味方が居る所へ突っ込め。いいな。」

「けどそれじゃ、手柄どうすんだ」

半次郎が口をとがらせると

「手柄なんて後からどうにでもなる、偉い侍は後ろに居るもんだ。戦場ってのは逸った野郎から死んでいくのさ」

「なるほど、一理ある。長太は心配なかろうが、半次郎はでしゃばるな。三人一組だ、お前が突っかかると俺たちも危なくなる。いいな」

トラは合戦に際して、三人一組で戦うよう二人に言い聞かせた。長太が後手、周りを見ながら状況判断をする。トラと半次郎が先手、盾矛の役割を担う。そうやって幾度も鍛錬を重ね、村同士の小競り合いで実践してきた。

トラの体躯は大人並みとはいえまだ十二、長太と半次郎も十三の子供。上から叩きつけて来る騎馬武者や、膂力に勝る武者との戦いになると不利。ゆえに三人で一人の敵を倒す。トラがふと思い出した戦術だ。

「とまれーー、ここで休むぞ。小便をすませておけ」

どうやら城が見える場所まで来たので、ここで最後の軍議が行われるようだ。トラのような雑兵にはしばし休息が与えられる。

すると組頭の侍が声を掛けてきた。

「お主ら、袖印がないではないか。後から合流した者か、ちょっと待てよ」

言われた通りに待っていると、明るい緑の布切れを渡された。なるほど、周りの兵はみな右腕の肩近くにこの布を巻いている。

同士討ちを避けるため、味方を見分ける布なのであろう。まあ、簡単に奪い、味方を偽れるのだが、そうすると今度は本当の見方から討たれることになる。よほどがなければ、そんな馬鹿はいない。

「ほれ、ちゃんと着けておけ。あと用をたしとけよ、糞を漏らすと周りも臭くてかなわんからな」

ここで雑兵に兵糧が配られる、竹皮に包まれた雑穀の千巻だ。短期決戦のつもりだろう、兵糧も干しものではない。夜明けとともに無量寺を出た軍勢は、朝方、まだ早い時間に水ケ江城を望む南側の開けた場所に出た。城まで半里というところか。

ここの軍議で陣決めがなされ、それに従いそれぞれの備えが移動を始める。物見と思われる騎馬が幾度も出入りし、少しずつ周りが戦の空気へと変わっていく。

「おう、石井の者は集まれい」

ここで止まって半刻、それぞれの備えに参集がかかる。いよいよ城に向け出発するようだ。

「いよいよだな、兜首、兜首。絶対獲るぞトラ、おれたちゃ侍になるんだ」

「俺は侍って柄じゃないんだが」

「何言ってやがる長太、勘定を任せられる侍なんて出世間違いなしだぜ。半次郎の言う通り、ここは兜首でも獲って侍を目指すべきだ。野伏なんて長くやれるもんじゃねえし、いまさら猟師や百姓もねえだろ」

「大将はトラ、あんただ。俺は組頭。長太、勘定方は任せたぜ。梅介は良い物見だからな」

などと話しているうちに、いよいよ城攻めが始まる。トラが布陣したのは水ケ江城西側の堀端、左手の少し後ろ、先に龍造寺宗家の村中城も見える。小荷駄役がどこからもってきたのかと驚くほどの木材を広げ始め、陣夫らが縄で縛り筏を組んでいく。

「急げ、筏を組め」

村中城からも加勢が出ているのか、あっという間に目の前で十双の筏が組みあがる。すると準備完了の合図か、青の大旗が立ち上がる。同じような作業が各備えで行なわれているらしく、次々と大旗が立ち、それが二十ほどになったころで陣貝が鳴る。同時に旗が降ろされ、続いて太鼓の音が聞こえてきた。

ドン、ドン、ドン、ドン

ゆっくりと正確な拍子を刻む太鼓。最前列に盾を八列ならべ、筏を水堀のようになっている水路に浮かべる。先に浮かべた筏の後ろに新しい筏を括りつけ、前へ押し出すように水へと入れる。

みな盾侍が持つ盾に隠れながらの作業、敵の弓が容赦なく降り注ぐ中での作業だ。味方の弓も作業中の兵を援護すべく、櫓に向け斉射する。筏の長さは一丁半ほどだろうか、二双で対岸に辿り着き、十双で五つの浮橋ができる。盾侍が盾を持って守り、兵らが五本の浮橋を縄で結んでさらに大きな橋にする。

またもや大旗が次々上がる。そこで再び陣貝が鳴り、今度は早い拍子で太鼓が打ち鳴らされた。

ドンドンドンドンドン、ドンドンドンドンドン

「押し出せーーー」

物頭の号令が、そこここで上がる。盾侍が前、その後ろに一列で並ぶ五人の徒兵。そんな小集団が次々と筏で作られた橋を渡っていく、見る限り東、南、西からの同時攻勢だ。敵も近づけまいと弓を放ち、土居の上から槍で叩き落とす。が、守る面積に対して兵の数が圧倒的に足りていない。

「小田勢も所詮は手伝い戦、そこまで兵を出しとらん。水ケ江の城は大きいからな。十分な兵がいれば攻め難いが、籠るのが小勢ならば穴だらけよ」

誰かが言う言葉が聞こえたが、とにかくトラは目の前の土居を超えることに夢中であった。ふわふわと不安定な浮橋はなんとも恐ろしい、早く地に足を付けたい。盾侍の後ろについて慎重に前へとすすむ。

「ぐっ」

「半次郎」

盾侍が喉に矢を受け絶命する、一瞬前が詰まった。トラはその後ろにいた半次郎の名を呼ぶと、半次郎は察したのか盾侍を押しのけて盾をつかみ取ると、前に構える。二の矢、三の矢が盾に突き立つ。

「でかした、ゆっくりな、ゆっくり進め。慌てる必要はないぞ」

後ろの足軽から声がかかる。

「よし、土居だ」

上を見上げると、幸いな事に味方がすでに突入したあと。土居の上に敵兵の姿は見えない。トラは六尺ほどの土居を這うように登り、中を見ると両軍入り乱れての乱戦模様。

建物に隠れた弓兵がやっかいだが、この乱戦では一矢ずつの狙い討ちしかできない。しかも止まらなければ狙い討てる機会などそうそうない、面で制圧するような斉射は論外だ。

数は見方が有利になりつつある、ここは勝てる。

「よしっ、長太、半次郎、切り込むぞ」

「「おう」」

土居を越え、郭内へと飛び込む三人。城攻めはいよいよ佳境を迎えようとしていた。

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