日輪の龍 ~異聞、龍造寺隆信伝~ 5話 首を獲って何処へ行く

「長太、梅介、獲物がころがってるぞ」

トラが素早く駆けながら、静かに、しかし空を抜ける通った音で支持をだす。今日の月は欠けていて、地を照らす光はあまりに儚い。

「数が多すぎる、加勢が欲しいよトラ兄ちゃん」

「良さげなものだけ選んで獲ればいい。またぞろ、浮浪の餓鬼でも探しにいかねばならんか」

十二人で働いていた時に比べ、今は三人しかいない。同じ働きをするならば、手が足りないのも当然といえる。

「しかし、毎度毎度、胸糞が込み上げてくる。まったく」

長太が顔を歪めてぼやいた。

「無駄口をたたいている暇はない、惣の者らが来る前に目ぼしい物は頂くぞ」

風が吹き、叢雲に覆われていた月が顔を出した。欠けた月の淡い光を受け、辺りに点々と浮かび上がる物。

死体であった。

蓮池のとある村に小曲から侍が二人現れ、その二人に率いられた村民が徒党を組んで佐賀川副へなだれ込んできた。おそらくは、龍造寺が筑後に落ちた間隙を縫っての乱取り働きだろう。

それを察した川副の村々は自衛のために人を出し合い、同じ惣の者らが集って佐賀江川の手前にあるこの畷で合戦となった。

戦国時代、武士と武士だけでなく、こうやって村人同士の略奪戦、小競り合いが各地で行われたのだ。むしろ、こっちが主なのかもしれないほどに。

「夜明けには坊主を連れて村人どもがくる、急げよ」

戦いは一進一退、夕暮れまで続き、十を超える死人を出しながらもなんとか川副の村人が小田の侍の一人を討ち、それの機に蓮池の村人は撤退。なんとか村を守り切った。戦い終わり、すぐに日が落ち夜になる。疲れ果てた村人たちは、闇から逃れるように家路に着いた。

本来なら死体の埋葬が先なのだろうが、明かりの乏しいこの時代だ。信心深い村人たちは、夜は闇夜を恐れて死体に近づかない。明け方までは、トラ達にとって絶好の稼ぎ時だった。

「おおおっ。トラ、梅介、侍だ、侍が討たれてるぞ」

「なに、でかした」

長太が指さす場所へ、トラが駆けつける。前立てをつけた星兜、黒漆の面頬を付けた侍が、横倒しになっていた。長太が槍を構え、トラが正面に転がそうと手を掛けた刹那。

―――ぐわっ

いきなり武者が動いた、横倒しの状態から右手に持つ刀で切り上げる。

トラは反射で横に転がり、すんでのところで身をかわす。続いて長太が槍を突き出し、梅介が両手で掴んだ石を兜の上に叩きつける。

「こら、梅介、兜が痛む」

トラが立ち上がり、衣服の草を払いながら梅介を睨む。

「だってトラ兄が」

シュンと肩を落とす梅介。

「しかしまあ、危なかったな。もうちょっとでスパッとやられるところだった。ありがとよ、梅介」

梅介は礼を言われ、照れたように「えへへ」と笑った。

三人は武者が動かないのを確認し、兜、具足、佩楯、籠手、臑当を次々に剥ぎ取り、胴の裏地に付けられたの袋の中を弄る。

「おっ銭だ、1貫あるぜ」

続いて兜を振るとおかしな音がする。裏地を剥ぐと、中から薄く伸ばした金が折られた状態で出てきた。

「よっしゃ、金だ。こいつは当たりだな」

戦といっても何かともの入りで、遠征した場合などは持ち出した物資では足りなくなる。そんなときは戦場に露店を開く、従軍商人から必要なものを買わねばならない。また、武具の手入れも職人が出す露店に頼むのだが、もちろん有料だ。さらにいうと陣には娼婦がつきもの、そういった娯楽を楽しむにも銭が必要なのだ。

ただ、普通に金目の物を持ち歩くと味方の兵に盗まれる。この時代、刀の設えの金ですらも寝ている間に剥がされ、盗まれるほどに物騒だ。同じ陣内で寝起きする味方でも、平気で盗みを働く。故に、みな胴の裏や兜の裏など、目立たない所に金目のものを隠しているのだ。

今回でてきた金などは、いざという時のために先祖が仕込んでいたのだろう。代々受け継がれてきた兜などには、稀にこういうお宝が混じってる。

「しかし、金を持ってるなんて名のある侍じゃないのか。如何する、首を落とすか」

長太が真面目な顔をしてトラに目を向ける。

「馬鹿、戦じゃねえんだ。首を獲って何処へ行く。陣などないのだぞ、へたなことすりゃ余計な恨みを買うだけだ」

とりあえず使えそうな刀槍を幾本か見繕い、あとはこの侍の武具甲冑そして銭と金、それだけでも今日の収穫はかなり大きい。

「トラ兄ちゃん、今日は大漁だな」

「ああ。こんないい狩場は久しぶりだ。よし、引き上げるぞ」

金を手に入れてご機嫌な梅介の頭に、ぽんぽんと軽く手をのせてやると嬉しそうに笑った。

「これくらい楽な狩場が増えてくれると、ボロ儲けで良いんですがねえ」

「皆があちこちで殺し合いをしてるって事だろ。長太、それはそれでどうかと思うがな」

「ああ、確かに。違えねえや」

***

「トラ、トラはいるか」

「あ、円月様。トラは婆と畑しごとだよ」

聞きなれた大声を聞いて飛び出してきたのはいつもの梅介。トラ達一党の物見役だ。

「おう、梅介。元気そうだな。ん」

円月を頼り宝琳院を訪ねてからおよそ一月。円月のはからいで、子を亡くした老夫婦の家を住処としたトラ達。そこへ今日も円月が訪ねてきた。トラと梅介に文字を教えているのだ。長太は商人の倅だけに、文字にも長けていた。

「梅介、あの甲冑はなんだ。ここんとこ戦があったとはきかねえが、立派なもん拾ってきたみたいじゃねえか」

「うん、昨晩ね、小田の衆が川副を襲ったんだ。そん時に加勢した小田の侍が佩いてたんだ」

「はっ、侍が村の衆に討たれてたか。どれどれ、儂が鑑定してやろう」

甲冑はとりあえず血を落とすために洗い、井戸端に干してある。

「これは円月様、もうそんな時間かよ」

そこへ、ちょうど野菜が入った籠をもったトラが、井戸に向かって歩いてきた。野菜を井戸で洗い、昼餉の糧とするのだ。円月は井戸端にしゃがみこんで、干してる甲冑を見分していた。

「なかなかの物じゃねえか、兜は少し拵(こしら)えが古いな。それ以外は当世物の一式、けっこうな値がつきそうだが、いつもはどうしてんだ」

「ああ、長太の親父と付き合いのあった鎧職人に、このままで売ってる。長太に任せてるから、細かい所はよくわからん」

「ならばよ、鎧直しの職人のところへ持ち込んで、修繕してから売った方が儲かるんじゃねえのかい」

「とはいっても円月様、俺らに甲冑を直接売る伝手なんてねえよ」

「この具足なら寺で買ってやってもいいぞ。兜は檀家で欲しそうな者をあたってみよう。それと、一緒に持ち帰った大小も、今度来たときに見せてみろ」

「えっ、それはありがたい話だ」

「まあ、その辺も、こんど勘定やってる長太も含めて話そうや。でな、やって来たのはいつものあれなんだが、今日はちいと紹介したい悪ガキがいてよ。おいっ」

円月に呼ばれて出てきたのは、左の頬から顎にかけて切り傷があり、冷たい表情に、ギロリと大きな二重の眼がのぞく男だった。身の丈は五尺には届かず、トラより一回り小さい。それでも当時の子どもとしてはかなり大柄だ。

「こいつは半次郎といってな、八田に住む漁師の倅だ。喧嘩が三度の飯より好きという暴れん坊でよ、喧嘩相手を求めて賭場荒しなんかやりやがって、悪党どもに囲まれて殺されかかってるところを助けてやったんだ。でな、放っとくと危ないからよ、我んとこで面倒みてやってくれや」

挨拶しろと円月に頭を小突かれながら、トラに眼光を飛ばす半次郎。

「円月様、前にも言ったけど、俺は弱い奴には従わねえ。トラさんといったか、勝負しようや。勝ったほうが頭だ」

「だってよ、どうするトラ。俺はどっちが頭でもいいんだがな、とにかくコイツはお前に預けた」

「トラ兄」

円月はニヤケ面、面白い物を見せろと表情で訴えている。対照的に、梅介は心配そうだ。

「まあ、そうなるか。来いよ、相手してやる」

トラが手招きで挑発すると、半次郎は猛牛のように突進してきた。

「余裕こいてんじゃねえ」

一足でトラに迫って左半身、前に出た左手でトラの顔面に張り手しつつ指先を曲げての目つぶしを狙う半次郎。

対するトラは、少し沈みながら踏み込む。相手の左手をくぐり、下から顔面に頭突き。ゴッという鈍い音。さらに仰け反る半次郎の頭を右手で掴まえ、半次郎の右脇腹の少し上へ左拳をめり込ませた。

リバーブロー、そんな言葉がふとトラの頭を過る。

トラが右手に掴んだ髪を放すと、半次郎は鼻血を流し、白目を剥いて崩れ落ちた。鼻が横を向いてる。

「すげえ、トラ兄。すんげえ強ええ」

「ほう、大したもんだ。伊達に子供で野伏りの頭やってるわけじゃねえってか。まあ、こういう奴はわかりやすいからな、これで言うことを聞くだろう」

「梅介、箸を持ってこい。それとたらいに水、手拭いもだ」

「わかった」

ばあちゃーん、箸かしてー、と大声で呼びながら駆けさっていく梅介。

「ということでだ、こいつを起こしたら手習いだ。宿題はすませたろうなあ、トラ」

「えっ、あ、ああ」

マジか、口には出来ない言葉が浮かぶ。そこへ梅介が箸を持って帰って来た。

「あとは、たらいと手拭いだな」

ばあちゃーん、再び駆けだす梅介。

「しかしトラよ、箸で何をしようってんだ」

横たえた半次郎の顔を真っ直ぐにし、鼻血が気道に入らないよう少し上を向ける。

「円月さま、半次郎の正気が戻ったときに暴れぬよう、しっかと頭を押さえててくれ」

円月が半次郎の頭を固定したのを確認したトラは、曲がった鼻の両穴にそれぞれ箸を差し込み、ひと息に真っ直ぐに戻した。

「ぎゃっ」

獣の鳴き声のような悲鳴をあげ、ビクンと半次郎が跳ね起きようとする。が、円月の万力のような手で頭を固定されているため、体だけが跳ね上がる。

「正気が戻ったか、半次郎。その傷も男前だが、また勲章が増えたな。鼻が曲がったぞ」

がはははと笑う円月、少し心配そうな顔で覗き込むトラ。目を白黒させながら、鼻血でむせる半次郎。

「トラ兄、たらいと手拭いだ」

何事かと老夫婦も共についてきて、血まみれの男をみて大慌て。それを手で制し、たらいに水を張って手拭いをひたし、半次郎の顔をぬぐうトラ。

「俺が頭だ、トラと言う。よろしくな、半次郎」

観念した半次郎は、うむと頷くと、再び気を失った。

「辰さん、ウメさん、すまねえ。少し騒がせちまったな」

円月が言うと、いやいやとんでもないと恐縮する老夫婦。

「そうじゃ、今から飯を作るんだが、円月さんもどうかね。ほらトラ、さっきの野菜を洗わんかね」

「いいよトラ兄ちゃん、おいらが洗って持ってく。それより、半次郎さんを運ばないと」

「そうだな。では、任せたぞ、梅介」

そういうと、半次郎の鼻血を止めるため、濡らした手拭いで鼻を冷やす。そのまま抱き上げて縁側へと連れて行き、顔を少し上を向かせて静かに寝かせた。

「おい、トラ、これはいったいどういう了見だ」

「いや、円月様、これはあの「うるせえっ」」

「いいかトラ、俺はこの手紙の書き写しを三回やっておくように言ったよな。で、一度もできてねえってのは、やらなくても良いと思ったんだろう。ってことはだ、てめえ、俺をなめてやがるなあ」

おもて出ろっ、言いながらトラを庭へと蹴り落とす円月。壁に立てかけてあった錫杖を手に取り、トラを追いかけるように庭に飛び出す。

「四つん這いになって尻を突きだせ。今日はこれで勘弁してやるよ」

シャリン、シャリン、叩かれるたびになる金属音。四つん這い、トラは錫杖でケツを叩かれていた。

「いてえっ、なんたる屈辱。くそっ」

「なんだなんだ、まだまだ反省が足りねえなあ。追加で十発だ」

「いでえーー」

「トラ兄、あはははは」

トラの情けない姿を見ながら、指をさして笑い転げる梅介。

「てかさ、お前らなにやってんの」

「あっ、長太兄、お帰り。今日はトラ兄がさ、めっちゃ強かったんだ。そうそう、こっちが半次郎さん。今日から仲間だ」

「あ、こりゃどうも。俺は長太。腕っぷしはいまいち、どちらかというとこっちの担当でね。お手柔らかに頼むぜ」

と言いながら自分の頭を指差す。

「ああ、こちらこそよろしく頼む」

そんなこんなで日が暮れて、トラを叩いてストレスを発散したのか円月は意気揚々と寺へと戻っていく。

「いいかトラ、今度おれの言いつけを守れなかったら逆さ吊りにして尻叩きだ。わかったか」

「半次郎、ほんとにやるよな。あの人」

「ああ、あの人はどっかの何かがたりねえ。身内にはとことん優しいが、人をいたぶる時の笑顔がヤバい」

こうして今日も過ぎていく。幾度も窮地に陥り、激動の中を駆けずり回った戦国武将龍造寺隆信。この時期が彼にとって、数少ない平穏な日常だった。

「何でもないような事が、幸せだったと思う」後にそう語ったとか語らないとか。

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