日輪の龍 ~異聞、龍造寺隆信伝~ 4話 あなたが中納言円月様で
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中納言円月、後に龍造寺隆信が、僧として過ごした宝琳院。佐賀市鬼丸町12-30
「とら兄ちゃん、あれ」
梅介が前方を指差し、びゅんっと風をきって駆けだした。祇園原の惨劇から龍造寺主従の埋葬を終え、也足庵を出て家路についたトラ、長太、梅介の一行。そして梅介が駆けだした先、我らの住処のある場所あたりから煙が立ち上っている。
「梅介、戻れ」
ただならぬ予感、このまま行かせては危ういと直感したトラが叫ぶ。が、梅介は構わず先へと駆けていく、それを慌てて追う二人。あまり近づきすぎるのは不味い、道を逸れ山伝いに家の方角へと注意深く進む。梅介もまた、山に入り身を隠しながら住処への接近を試みるようだ。
「長太、見えるか。神代だ」
「ああ、実相院の奴らか、河上の衆か、誰かが俺たちの事を言い付けやがったな」
「やっぱ太田某を見つけたのがまずかったな、怪しまれたかもしれん」
「違いねぇ」
トラと長太がそんな会話をしているところへ、梅介がそっと近づいてくる。
「にい、トラ兄」
「ここだ梅介」
身をかがめてトラの側にやって来た梅介は、大粒の涙を流しながら、それでも泣くのを耐えて物見の報告をする。
「神代の兵が家を、小さい連中はみな殺されて、甚助が血だらけで木に括られてた。数は騎馬一人に徒歩が三十人ばかし」
「くそっ、神代の奴ら」
槍を握りなおし、立ち上がろうとしたトラの頭を長太が覆いかぶさるようにして押さえる。
「トラ、短気を起こすな。いま出て行ったところでただの無駄死に、雑兵の一人二人を道ずれにするのが精いっぱいだ。お前は俺らの大将だ。まだ俺と、梅介がいる。勝手に死ぬことは許さんぞ。それに、死んじまったら神代の大将から落とし前とれねぇだろ」
「けど甚助が、まだ生きてた」
そう言うと梅介が遂に泣き出した。
トラは目をつむり、大きく息を吸い、吐く。それを何度か繰り返し、再び神代兵が屯する我が家を睨みつけ、言った。
「退くぞ、也足庵へ引き返す。山内にもはや居場所はない。神代の地から出る。そして、いま頼れるのは也足庵しかない。也足庵は龍造寺と縁のある寺と言ってたし、仇に追われて逃げて来た俺たちを邪険にはするまい」
「そうだな、それしかあるまい。今は、耐える時だ」
長太がトラの決断を支持する。長太は元が商人だからか、とても合理的な判断をする。
「みんな、そして甚助、すまない。俺が弱いばかりに、誰も守ってやれなかった」
弱き者はただ強者の気ままによってその命運を決する。俺は弱い、抗う力もないほどに。悔しさに肩を震わせ、目に涙を浮かべながら苦渋の決断をするトラ。
「トラ兄ちゃん、ぐすっ、うわぁん」
こら梅介、大声でなくやつがあるか、聞こえたらどうする。長太が慌てて梅介の口を押さえる。梅介も言われてこらえようとするのだが、それでも涙が止まらない。こんな無法がまかり通る、それは自分たちが弱いからだ。悔しさに肩を震わせながら、トラ一行は来た道を戻っていった。
***
「おぉっ、トラではないか。昨日はご苦労であったな。で、いかがした」
日が落ち、当たりが闇に包まれる。明かりが貴重なこの時代、暗くなればみな眠りにつく。トラ一行が也足庵に辿り着いたのはそんな時刻、寒さ厳しい正月二十四日の夜だった。寺は静まり返っており、寺の者を起こすのも憚られたため本堂の軒下で身を寄せ合って眠った三人。開けて翌朝、庭掃除に出てきた小僧と出くわした。
そこで馴染みとなった僧、覚照を呼んでもらい今に至る。
「なんと、そのような惨いことが。戦国の世とは言え、あまりに無体な」
トラは覚照に中へと通され、我が家へ戻ると神代兵の待ち伏せを受けていたこと、家は焼き討ちされ、共に暮らしていた留守番の子供がみな殺されたことを語った。そして行き場がない身の上、どこか働けるところはないかと問うた。
「ならば。そなたら、佐賀の宝琳院を訪ねてみるがいい。あそこならば神代も勝手はできまい。龍造寺の剛忠様は訳あって筑後へ落ちておられるが、あそこには中納言円月という若い僧がおる。あの者は町の顔役でな、かなりの知恵者と聞く。歳も近いし、そなたらが使いした周家さまのご子息だ。これも何かの縁ではないかと思う」
「円月様、ですか」
トラがぽつりと答える。
「そうじゃ、知恵だけでなく武芸にも秀でた剛の者でな、文武両道の傑物だともっぱらの評判じゃ。儂が一筆書いてやる故、それを持って訪ねてみろ」
「我らのような悪童のために、忝のうございます」
長太が言い、トラと梅介、三人ともに頭を下げた。
「なに、こうして出会ったのも何かの縁、しかも周家様に急を知らせる使者となった事が原因でこのようになったのだ。同じ仇をもつ者同士、放っておくわけにもいくまい。円月様も、そこは汲んでくれるはずだ。」
「はい」
「とりあえず今日は休め。昨夜は軒下で寝たそうではないか」
そういうと、食事と寝床を用意してくれた。ここで紹介された宝琳寺の僧、中納言円月は後の龍造寺隆信その人である。
翌朝早く、トラ達は覚照はじめ、也足庵の者たちに礼を言い出立した。目指すは佐賀。このところの争い、その核心ともいえる龍造寺の本拠地。
「トラ兄ちゃん、すごいよほら、おっきな池の中に島があって館がある、櫓も」
「ああ、あれは龍造寺様の村中城と水ケ江城だ」
物知りの長太が応える。
「でけえ、山の城とはぜんぜん違うね」
「ああ、水にうかぶような島々、とても綺麗な城だ。しかし、水ケ江の城は落ちたのか」
このとき、水ケ江龍造寺の居城である水ケ江城は少弐勢力に明け渡され、隣接する神崎郡の小曲城主で少弐に従う国人小田政光が城番として入っている。
トラと梅介は珍しいのかきょろきょろと辺りを見回し、なにか見つけては声を上げていた。
「おいこら、ここに入ったのはわかってんだ。門を開けやがれ」
「下手に匿うと寺だと言っても容赦しねぇぞ、この野郎」
そろそろ宝琳院に着こうかという所で、破落戸が徒党を組んで大声を張り上げている場面に出くわした。
「ややこしいのが居やがる」
トラは目を合わさないように通り抜けようとしたのだが、なんとその破落戸は宝林院の門前で、門を叩きながら大声を上げていたのだ。一人は槍を持ち、大柄な男は金粉棒をもち、他にも五人が得物を持ちよって騒いでいる。
「避けて通る事もできねえ、終わるまで待つか」
絡まれても面倒なので、出直そうと踵を返した瞬間。
メキッ、ベキッ、バーンッ
辺りに土埃を巻き上げて、大きな寺の門扉が外れ、倒れた。そこに立っていたのは大柄な坊主、まだ若そうな身なりをしている。前蹴りに蹴破ったのか、右足がけたくりの型で浮いていた。
「おう、うちの寺の僧に手を出そうってんだ。覚悟はできてんだろうな」
「ま、まってくれ円月さん。用があるのはあんたじゃねえよ、さっきほら、逃げ込んだ坊主がいるだろう」
「うるせえ、お前らだって仲間がやられそうになったら庇うだろうが、それと一緒だ。うちの僧に手を出そうってんなら、かわりにこの円月様がいあいてになってやる」
どうやらこの円月が寺の門扉を壊したらしい、しかも下敷きになった男が三人、呻き声を上げている。一人は動かない。
「ありゃ死人がでたか」
長太が呟く。
「円月様、相手は多勢。加勢しますぜ」
トラが大声で吠え、槍を振り回しながら門前の破落戸を追い散らす。
「おっちゃんら、けが人がいるじゃないか。早く連れて帰ってやんなよ」
心配になった梅介が門扉の下敷きになって動かなくなった男のところへ走っていく。
「わ、わかった、あんたらと喧嘩する気はねえ」
「なら早くそいつらを連れて帰るんだな、二度と宝琳院になめたまねするんじゃねえぞ」
門扉を倒してしまうほどの剛力を目の当たりにし、すっかり腰の引けた破落戸にむかって円月が言うと、破落戸どもはけが人を助け起こし逃散した。
「すまなかったな、童ども。助かったっぜ。てか、悪童か。けっ」
半具足に得物を持った子供二人と、ボロに巻かれたちび一人。その三人組の身なりを見て、円月は興味なさげに言い捨てた。
「あ、あなたが中納言円月様で」
「ああ、聞いてただろ」
「あ、俺はトラ、也足庵の覚照様の紹介でここへ来た。これを読んで欲しいんだけども」
なに、覚照さんの。と言いながら近づいてきて、差し出された書状を手に取る。そのまま封を外し、バッと広げて中身を読む。一通り目を通し、じっとトラを見つめて問うた。
「お前ら、父上の戦ぶりはどうであった」
「はい、戦う姿は見えなかったけど、『皆、潔く討ち死にされよ』という号令が、祇園社にまで聞こえてきた。皆、勇敢に戦ったのだと思う」
「そうか。まあ、死ねば臆病も勇敢も一緒だが、大将だからな。死ぬ時も見栄を張らねばならぬとは、因果なものだ」
そう言って目を閉じ数珠を持ち手を合わせる。しばらくして顔をあげ、トラに目線を合わせてから言った。
「付いてこい」
と、その刹那。地獄の釜の蓋を開けたかのような、閻魔の叫びが境内より聞こえてきた。
「ごるあーーー、えーんーげーつーうっっ」
「やべえ、和尚だ。お前ら、時を稼げ、よいな」
とりあえず書状は一度返しておくと、トラに押し付け、一目散に駆け散った。
しばらくして、伝説の甲冑姿の巨人、大魔神もかくやというような憤怒の表情を浮かべた僧が現れる。一歩一歩が重い、実際に重いわけではないのであろうが、どしん、どしん、と幻聴が聞こえてきそうな威圧感。この人に逆らってはダメだ、トラ達一行はひと目で悟った。
「こら悪童ども、当寺の僧で円月という者を見なかったか。上背のでかい若僧だ」
円月からは時を稼げと申しつけられた。トラは考える。
「和尚様、我らは也足院からの使い。この書状を持たされて参った次第にて」
と、ひと息に言うと、和尚の眼前に書状を突き出した。こうすれば少なくとも書状を読むまでの間、和尚を足止めできるだろう。
「後にいたせ、お主らのような悪童に持たせる書状、急ぎではあるまい。それより、円月めはどこへ行った」
トラ、長太は反射的に下を向く。しかし、素直な梅介は円月が去った方角を向いた。
「逃げたか、まったく。あ奴と来たら。まあよい、して、お主らじゃったな。書状をよこしてみよ」
そう言いながら、近くの小僧に門の後始末をせよと命じる。
「ふむ、円月にあてた書状のようじゃが」
静かに読み進める和尚。とりあえず時間稼ぎは成功だと、ホッとするトラ。
「そうか、お主ら、大儀であったの。しかも使いしたせいで神代にのう。まあ、龍家にも責めはあるかもしれん。ということでじゃ、とりあえず円月を連れてこい。話はそれからじゃ」
「なっ」
トラの口から思わず音が漏れる。
「なんじゃ、お主ら円月を頼るよう言われてきたのじゃろ。ならば本人がおらねば話が進まぬ、それが道理というもの」
ニカッと和尚が笑った。
してやられた、トラは舌をひとつ打つと、長太、梅介を引き連れ円月を探しに佐賀の町へと散っていく。
「ふふふ、面白そうな悪童どもじゃ。これはとうぶん退屈せんかもしれんのう」
***
「なんじゃお前ら、寝返ったか」
「お願いでございます、和尚様の元までお越しください。後生でございます」
円月はかなり大柄な男だ、身の丈は六尺ほどもあろうか。そんな僧侶が歩けば目立つ、目立てば物見の目にとまる。あっという間に梅介に見つかり、必死で寺へ引き戻そうと説得するトラ。長太は面倒を嫌い「なにとぞ」といって頭を下げるだけだ。
そうやって、だだっ子のような若僧をひたすら説得する子供というシュールな光景がしばらく繰り広げられ、空から陽が落ち山裾に隠れようかという頃にようやく円月を連れ戻すことが出来た。
その夜、本堂にはなぜか円月と共に正座する三人の姿があったとか。
「「どうしてこうなった」」
***
翌朝、憎らしいほどの晴。寺の門から釘を打つ音、鋸を引く音、大工仕事の音が聞こえていた。
「ほう、トラ。お主、なかなか器用だな」
「ああ、猟師だからな。自分で猟師小屋の一つくらいは建てる」
「ふむ、道理だ」
トラが墨を打ち、鋸を引き、門扉の部材を加工していく様をみて円月が言う。
「長太、お主は算が達者のようじゃ」
縦横の長さと釘を打つ数を計算し、当分した場所に墨を付ける長太をみて円月が言う。
「商人の倅だからある程度は。でも、トラのほうがもっと上手だけどな」
「なんと。トラ、お主、なにかと役に立ちそうな男だな」
「梅介、門上に登ってこの縄を掛けて来てくれ」
「わかった、トラ兄。こうか、これでいいか」
猿のように素早く門の上に上り、縄を渡して門扉を吊り上げる準備をする梅介。縄に門扉を括りつけ、円月に引かせて持ち上げる。円月が破壊した宝琳院の門扉は、見事なコンビネーションで瞬く間に修復されていった。
「これはいい、修理代が安く上がったわい。檀家に頼んで集めた金の一割といったところか。ふふふふふ、見どころのある若者は大歓迎じゃぞ」
普請する若者を見つめて仏のような笑顔を浮かべる和尚、この出会いが九州全土を巻き込む大乱の兆しともしらずに。
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