日輪の龍 ~ 異聞、龍造寺隆信伝 ~ 3話 皆、潔く討ち死にされよ

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グツグツグツ、鍋の中で粥が煮える

トラたち一党は住処としているボロ家へとたどり着いた。囲炉裏に鍋をかけ、粟や稗、蕎麦などをいれて、味付けに干し肉を入れる。

この家はもともと猟師が暮らしていた家で、トラが育った家でもある。家の主は先月の戦で物見として召し出され、そのまま帰らなかった。トラが持つ猟師としての知識は、育て親と共に猟に出、共に暮らす中で身に付けたもの。特に、罠作りと干し肉作りはトラの役割だった。その猟師がトラの父というわけではない。

父ではない、山で拾った子だ。初めて「おとう」と読んだとき、そう言われた。

祇園原古戦場跡の祇園社

「できたぞ、小さい者から入れてやる」

トラが梅介を見ながら言う、彼が最年少だからだ。

「わぁ、肉、肉をいれて」

トラは不思議な知識を持っていた、知っている筈のない事を、物心ついたころからふとした瞬間に”思い出す”のだ。肉を食べたほうがいい、肉体の成長にはたんぱく質が必要なのだ。その”たんぱく質”が何かを知らぬのに、なぜかそんな事を思い出した。

ゆえに、トラとその一党は猟に励み、肉をよく食う。戦のどさくさにまぎれ、乱取りついでに牛を攫うこともあった。そのためか、トラは十二の子どもとは思えぬほど大きな少年に育っている。

「梅介、長太、食べたら一休みして出るぞ」

「しかしトラ、大丈夫なのか。こいつは相当ヤバい気がする。神代の殿様にバレたら」

長太が心配そうに言う。この家は河上から少し山間に入った場所にある、佐賀北部の山間部、山内さんないと呼ばれるこの地を治める大将が神代勝利という男。なんでも、妙見信仰における北辰菩薩の化身だという。

妙見信仰とは、簡単に言うと北極星と北斗七星を神と崇める信仰だ。七日七晩星供の秘法をもって祈りを捧げれば、北辰菩薩が青龍にのって現れ怨敵退散を行うと伝わる。

「ふむ。だがな、そろそろ俺たちも山内を出てもっと大きな事を目指さねばならんのかもしれんぞ。野伏りの末路など、ろくなもんじゃない」

トラはそう言いながら、先ほど見た戦の模様を思い出していた。多勢に拠点を囲まれ嬲り殺される様。生きるため、生き残るために鍛錬を怠るつもりはないが、個人の武勇など所詮その程度。強くなるには、強い者について力を付けねばならぬ。誰にも負けぬように。

「けどな、やるって何をやる。戦に出て手柄を狙うにも、みなまだ子供だ」

「そうだ。だがな、このまま悪党でいるのもなぁ、少し所帯が大きくなり過ぎた。ここで龍造寺に唾つけときゃ、何かの役に立つかもしれん。とは思わんか」

「確かにな。うん、わかった。その話はまたな。とりあえず、いまからなら一刻は眠れるだろう。トラも食べたら寝ておけ、少しでも寝れば違う」

長太はそう言いながら椀にお粥を入れてトラの前に置き、続いて自分の分をよそい始めた。

「肉はまだあるぞ、足りなければ足して食え」

トラが言うと子供らの歓声をあげ、トラはそれを聞きながら笑みを浮かべると、ふうふうと息を吹きかけ粥をすすった。

「うん、休める時は休まねばな。夜番は誰だ、一刻で起こしてくれ」

***

空が東雲に染まり、やがて日輪が顔を出す。

朝靄の中を子供が三人、歩いていた。

一人は五尺を越え、体躯だけなら大人にも負けていない。そのため、遠目にみれば父と子二人に見えなくもないのだが。

「和泉村はこっちで間違いないだろうな」

「ああ、間違いねぇ」

トラの問いに長太が応える。長太は行商人の倅だった。佐賀の町から周辺の村々を回り、塩や穀物、海の幸をい仕入れて山内で売り、山内で毛皮や炭、山菜などを仕入れて佐賀で売る、ということをやっていた。そのため佐賀周辺の地理に明るい。

もちろん猟師であったトラの家にも度々買い付けに来ており、二人が知り合ったのは長太が父の見習いとして来ていた時だ。一党の中で最も付き合いが古い。歳の差は、長太が一つ年上、最年長だ。父親は、職人と仕入れ代金のやりとりでもめて殺された。母親は父親の財産を抱え、二月も経たずに他の男と暮らすようになった。長太は帰る家が無くなった。

「トラ、見えてきたぞ。もう少しだ、梅介、大丈夫か」

「うん、トラ兄ちゃんが居るから大丈夫だ」

梅介は、ある日、トラの住処の前に捨てられていた。トラの家は悪童らがたむろする家として知られている。どこかの誰かが、それと知って捨てていったのだろう。呻き声のようなものが聞こえ、外へ出てみると手拭いで目隠しして轡をかまされた梅介が、木に括り付けられていたのだ。

「もし、もし、ここが玉泉坊で間違いないか」

近隣に幾つかある寺の一つを訪ね、忙しそうに箒を動かす小僧に声をかけるトラ。

「いかにも。なんじゃ我らは」

「おれは名尾村のトラ、太田様から使いを頼まれた者だ。龍造寺様の一行はここで間違いないか」

「なんじゃ怪しげな餓鬼じゃな、どこの悪童だ、ちょっと待ってろ」

小僧はそう言い置くと、急いで寺の中へと入っていく。この辺りには寺がいくつか集まっており、ちょっとした寺社町のようになっている。そんな寺の立派な屋根を見ながらしばらく待っていると、少し位の高そうな坊主を連れて小僧が戻って来た。

「儂は也足庵の僧、覚照。どうした、太田様の使いと聞いたが」

「龍造寺の周家様へ使いせよと、太田様から言付かった。これを見せればよいと」

そう言うと、渡された件のお守りを見せるトラ。

「これは。いや、失礼いたした。どこぞの悪童が悪戯に来たのかと思うておったら、本物の使者殿らしいな。しかし、龍造寺様はすでに起たれた、半刻ほど前であろうか。城原へ向かっているはずじゃ。その方らの身軽であれば、急げば追いつけるだろう」

そういうと、この道を真っ直ぐ道なりに、あの山を目指していくのじゃと方角を指差しながらトラに伝えた。

「わかった。この道を、道なりだな。ありがとう覚照様」

というと、足を速めて道を急ぐ。

「河上社の一件を考えるに、城に誘い出し、部屋に押し込んで討つのかな」

長太がトラの方を見て言う。

「誰も逃がさないならそれが一番だが、少弐の殿様がどこまで承知しているか。家中の揉めごとなら兵を伏せて道中で襲うかもしれん。いずれにしても、早くこの書状を渡さねば」

心配そうな表情を浮かべ、長太へ反す。

「トラ兄ちゃん、敵の兵が居るのか。梅介が物見してくるぞ」

「阿呆、これから身内を誅するために囲もうという勢に見つかって見ろ、ただではすまんぞ。ここは堂々と街道を歩いていく。怪しまれるような事はせぬほうがいい」

「そんな身なりでよく言う」

長太が突っこむ

「あはははは。トラ兄ちゃんはすっごく優しいけど、見た目は山賊頭だからな」

長太の突っ込みは梅介にそうとう受けたようだ、小さな体を丸めてコロコロと笑う。この梅介、数えで8歳。最年少で体も小さく、すばしっこく木登りや狭所に忍ぶことに長けている事から、トラたち一党の物見役として働いている。

「見えてきた、見えてきた、あれは龍造寺の幟だ」

そのまま早足で歩いていると、先に徒兵も入れて四、五十騎ほどの武士の一団が見えてきた。間違いない、あれが目指す龍造寺周家の一団だ。

「間に合ったか、急ぐぞ」

ここからトラたち一行は龍造寺の軍勢に向けて駆けだした。

「待てまてーー、お主ら何者かあ。我らが誰の勢か知った上での狼藉であろうな」

「お待ちください、俺は名尾村のトラ、河上から太田様の使いでございます。怪しい者ではございません」

駆けよって来る中途半端な武装をした子供三人組、いや、一人は大人かもしれない。この少数で五十騎の軍勢に挑むとは考えられないが、何かの策かもしれず、警固の侍が三騎、馬首を返してトラ達の行く手を阻むように立ち止まった。

武器を長太に渡し、梅介と長太にここで待てと言い置いてトラは三騎に向かって歩き出した。

「これを、これを渡せと太田様から言付かっています、どうか、お改めください」

書状は出さず、まずは預かったお守りを見せた。先ほどの僧も、このお守りを見ればこちらを信用したのだ。間違いなかろう。

「ん、そのお守りは。預かったのはそれだけか」

「いえ。このお守りがあれば、我が何者であろうと書状を受け取ってもらえるはずと。合わせてこの書状を預かっております」

「その書状を渡せ」

トラは胸元から皮の袋に入れた書状を取り出すと、袋から出して目の前の侍に手渡した。受け取った侍は封が解かれていないのを確認し、まず一騎が書状を持って本隊に合流すべく駆けだした。

「書状はしかと預かった。お前らはもう居ね、駄賃は明日にでも寺に預けておく。三日の後に也足庵を訪ねろ」

そう言い残し、残る二騎も軍勢に戻っていった。

「なんとか間に合ったか、良かった。少し休むぞ」

ここは祇園原とよばれる地、すぐ近くに祇園社が見えた。トラたちはここまで歩き通し、最後は駆け足だ。しかも恐ろしい騎馬武者に誰何され、背筋に寒気が奔るほど緊張を強いられた。ようするに、疲れたのだ。

「トラ、祇園社がある。人もいる」

「ああ、あそこで休ませてもらおう」

ゆっくりと歩いて目の前にある祇園社の鳥居をくぐり、中へと入っていく。どっからどうみても怪しげな悪童三人。神社の衆に何者かと凄まれたが、龍造寺様への使いを今しがた果たしたところだと伝えると、快く庇を貸してくれた。

「ご苦労であったな、白湯でも飲んで一息つくがよかろ」

「かたじけない」

トラが言うと、梅介も真似して

「かたじけない」

と甲高い声で礼を言い、ペコリと頭を下げた。そのしぐさが可笑しかったのか、神社の衆が吹き出した。なんならひと眠りしていくかと社務へ案内しようとする。

「ありがたい申し出ですが、みなが待ってる。住処へかえらねば」

「そうか。まあ、気が済むまで休んでいくがいい」

と言いながら、去って行った。

しばらく祇園社の庇を借りて休んでいると、突如、空気が爆ぜた。馬の足音だ、それもたくさん、馬群の音。こんな場所でこの音を聞けば、導き出される答えは一つ。

「まさか」

祇園社から飛び出そうとするトラを、神社の衆が捕まえた。

「出てはならぬ、お主らはこっちへ来るのじゃ」

龍造寺様が、龍造寺様が、そう言って大人を振り切り飛び出そうとするトラを長太と梅介も一緒になってとどまらせた。

「トラ、いま出ちゃいけねえ、あれは見ちゃいけないやつだ。昨日の夜と一緒で」

馬蹄の響き、その後に鬨の声があがる。

「皆、潔く討ち死にされよ」

大将の号令であろうか、強く凛々しく通る声。しかし、なんという号令。もはやこれまで、生を諦め武士の矜持をもって死ねという。トラは、またしても弱き者の末路、その哀しさを己の魂に刻むのであった。強くありたい、何物にも負けないほどに。

固く、固く握りしめた拳には血がにじんでいた。

戦いは一刻ほどで終わった、襲撃したのはまたしても神代、そして馬場の軍勢であった。攻め手の勢からも人死にが出たようで、自軍の死体を回収し終えた神代、馬場連合軍は主だったものの首を誇らしげに抱えて引き上げていった。

「也足庵に知らせに行くぞ」

祇園社の衆に礼を言ったトラ一行は、その足で也足庵に引き返した。覚照は戻って来たトラから事情を聞き、大慌てで近くの寺からも人を集めると、急いで襲撃のあった場所へと向かう。

「なんと、惨いことを」

激しく争ったのであろう、ほとんどの者は傷が一つではなかった。二つ、三つ、槍で刺された傷が見える。さらに死体は甲冑、鎧下が剥ぎ取られ、ほとんど裸に近い状態で放置されている。徒歩の雑兵どもが、戦利品として持ち帰ったのであろう。

集団の端、いちばん遠いところで重なり合うように死体が固まった場所があった。主君を逃がそうと郎党が人垣を作って必死の抵抗をしたのだろう。その中に囲まれるようにしてふんどしのみを残し、裸で首の無い死体が3体あった。そのうち一体が大将の龍造寺周家、龍造寺隆信の父である。直に会う事はかなわなかったが、自分が書状を届けた相手だ。書状はしかと届けた、なのにこのざまだ。何とも言えない虚しさが、トラの胸の内を満たしていった。

人としての心が、深く、深く、思考の沼に沈んでいく。残るのは冷めきった氷の心。死ねば終わり、弱き者は死ぬ、ならば俺は。このままでは、いずれ必ず、強い者に喰われて死ぬ。首のない死体が自分と重なり、ぶるりと体を震わせる。死神に背中をなでられたような気がした。

「なあ、長太、俺たちはこれからどうすればええ」

「大将がそんな弱気でどうする。とりあえず先は分からん、今はできることをやるしかあるまい」

「大丈夫だ、トラ兄ちゃんはでっかい大人になる。いまもでっかいけど」

ぷっ、おどけたように言う梅介の言葉を聞いてトラは吹きだした。

そうだ、いまはまだ何もない、ならば何かが見つかるまで、今できる事をやるしかない。そして出来る事を増やすために、今のままではいけない。帰ったらみなと相談して、目標を決めよう。目標が定まれば、進むべき道も決まるはずだ。

「そうだな、まずは出来る事をやるしかないな」

そう言うと寺の衆、祇園社の衆、いつのまにやら近隣の村の衆まで集まった一団に、トラ達一行も混ざって死体の回収と埋葬をした。日輪が中天を過ぎ、そこから半分ほど落ちてきたところで埋葬が終わった。

埋葬を手伝ったもの皆に寺から賄が振舞われた。それを腹に入れ、トラ一行は家路に着く。

「さて、遅くなったが皆が待ってる。帰るぞ。今からなら、暗くなるころには着くだろう」

「うん、トラ兄ちゃん。けど、今日の飯は肉がなかった。あれじゃ食うた気がせん」

「こらっ、外で肉を食うとか言うんじゃない」

梅介の余計なひとことに、突っ込みを入れる長太。そう、この時代の肉食は、宗教上の理由からあまり大っぴらに行われていない。それを坊主がいる前で言うとは言語道断。

坊主どもに聞かれてなかったからいいものの。

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