日輪の龍 ~異聞、龍造寺隆信伝~ 2話「面倒はごめんだ」

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中世室町の頃に建てられたと伝わる河上社西神門、戦国の出来事を今に伝える貴重な建築物だ。

異形の童子たちであった。

身なりは野伏りと変わりなく、戦支度なのか皆が半具足、不揃いな得物を持ちよって、満足な身なりをした者など一人もいない。しかも目の前の一団は、みなが元服もおぼつかぬ子供ばかり。人数は十二人。

そこへ、小さく、そして汚い、ボロを巻いただけのような子供が転がるように駆けこんできた。何か大切な事を伝えようとしているのか、尋常な慌てようではない。

みながその姿を目で追い、他よりも頭二つばかり飛び出た大柄な子供が問う。

「どうした、何か見つけたか」

「トラ兄、侍が多勢、河上にむかってる」

「ほう、戦か。しかし、いったい何処の勢だ。この山内で戦の噂は聞かぬが」

その大柄な子供はトラというらしい、落ち着いた表情でどこの軍勢であったかを重ねて問うた。

「旗印は立龍と三つ巴、この夜更けに明かりも持たず、みな炭を塗ってた。河上のほうへ、山を下ってる」

「神代が夜討ち支度か……よしっ、河上に向かうぞ、すぐ出る」

肥前風土記によると、佐賀郡河上は海神の娘である豊玉姫が度々訪れる地であったという。鯰の姿となり、海の魚を引き連れて数日逗留したそうだ。

山を切り裂き流れ出る川、両岸には切り立った岩壁がせまり、季節ごとに色を変える美しい峡谷。そこには豊玉姫を祀る神社、肥前一宮河上社がある。

しかし、いまはその風景を楽しめる時刻ではない。

誰もが寝静まる闇が支配する時刻、弱き者はただ奪われる戦国の世、天文十四年(一五四五)正月二十三日の深夜であった。

墨を流したようなしっとりとした闇夜の中で、神社だけが橙に輝いている。武士が逗留しており、警固が篝火を焚いているのだ。

「日輪、龍造寺か」

河上に到着したトラとその一党。門に掛けられた陣幕と、旗指物に染め抜かれた日輪を見たトラが呟く。龍造寺の紋である日輪の旗印があるということは、いま河上社にいるのは龍造寺の兵。同じ少弐に仕える身内どうしであるはずの神代が、なぜ夜討ち支度で兵を出したのか。

「神代が龍造寺を討つならば、誰も外へ出さぬよう神社を囲むだろう。同じく少弐に従う身内ゆえ、討つなら打尽にせねばならん。我らも見つかればただではすまんはず、音を立てるな、しっかり伏せろ、ドジを踏むなよ」

味方を討つのであれば、奇襲で勝負を決しないと内紛となる。周防山口の大内と対立を続けるいま、少弐家内でもめるのは敵に利するのみ。ゆえに身内を誅するならば、拠点を同時に攻め、ひと息に乗っ取らなければならないのだ。

そんな時に現場を目撃した者がいたらどうなるか、たとえ子供でも口封じのため殺されるに決まっている。

「来たっ、神代だ」

火が及ぶより外、明かりの先にある暗闇から、甲冑を、顔を、全てを炭で黒く塗りつぶした兵が一斉に飛び出してきた。と同時に矢が放たれる。目の前の敵に目を奪われたところへ、黒く塗った矢が飛来する。門を守る警固はよける事もかなわず、矢を受けうずくまる。

「おのれっ、夜討ちでござる、出合えっ、出合えっ」

胸に二本の矢を生やすも絶命に至らず、門を背に龍造寺の兵が叫ぶ。闇から出てきた神代兵が目の前に迫ったためニ矢はない、敵を回り込ませないよう門を背負いながら槍を繰り出す。一人ふたりと敵兵を突き倒すも多勢に無勢、間もなく突き伏せられた。

「ごくり」

目が離せない、トラは唾をのんだ。目の前で繰り広げられる光景は、もはや戦というより殺戮に近い。討ち入った兵は神代だけでなく、丸に隅立四つ目結の旗印も見える事から、同じ少弐家臣の馬場の兵もいる。合わせれば二百ほどだろうか。

静かに始まった襲撃であったが、門を破り境内に兵がなだれ込み、いよいよ佳境を迎えてからは互いに大声を張り上げながらの討ち合いになった。不意を付かれた龍造寺の兵は、文字通り死に物狂いとなり奇声を発して得物を振り回す。トラは、そんな武者がなすすべもなく囲まれ、体から幾本もの槍を生やして討ち倒される姿をただ見ていた。

河上峡にある岩場を登った先にある開けた場所。トラたちは高所に潜み、弱き者が嬲り殺される様をじっと見ていた。

「いくら偉い侍じゃというても、死んだらしまいじゃ」

仲間の誰かが呟く

「ああ、そうじゃ、死んだらしまいじゃ。ゆえに、我らは勝たねばならぬ、勝ち馬にのるのだ」

自分は絶対にああはならない、強く強く目の前の光景を目に、そして心に刻むトラ。今年の正月で数えの十二歳。

ダン、ガシャン

河上社の社殿、その扉が音を立てて吹き飛んだ。かと思うと、手練れらしき男が二人、表に飛び出し互いに背を守りながら寄せ手を突き倒す。さらに夜着に胴だけを付けた武者が見事な大身槍を振いながら後に続く。一目見て分かった、あれが大将だ。

大将らしき男は自分の背丈ほどもある岩を利用した巧みな位置取りで、敵に囲ませない。柄で叩き、足を払い、倒れた相手を石突きで突き潰す。二人、三人、五人と討ち倒す見事な武者ぶりであったが、手にするのは一丈を超える大身槍である。多勢に無勢ではどうしても武器の切り反しが間に合わない。と、隙を突かれ左の脇腹に槍が突き立った。動きが止まった刹那の間に二の槍、三の槍が突き刺さる。

先に飛び出した二人は遠巻きにして矢を放たれ、矢達磨となって果てていた。勝負は決した。後に知ったのだが、大身槍で大立ち回りをしていたのが龍造寺家純、水ケ江龍造寺の嫡男である。そして先に飛び出し見事な連携をみせた二人は龍造寺家門、純家、みな龍造寺の一族であった。

河上社頭の戦いと後に言われる事になるこの戦い、少弐家内で勢力を拡大する龍造寺を危ぶんだ、家老馬場頼周の策略。龍造寺を襲う悲劇は、この一戦だけでは終わらない。

「トラ、終わったみたいだぞ、どうする。この騒ぎだ、寺や神社の大人が出て来そうだけどな」

トラは目の前に横たわる首のない死体から目を離すことが出来なかった、人死にを見たのはこれが初めてではない、自分の手で殺したことも数知れず。それでも、この戦いはいつも見る戦とは違った、トラの心に弱き者の末路をシッカリと刻み込んだのだ。

「無理だな、あれは実相院の坊主どもだ。川上社の氏子連中も出てきた。近くで野次馬して引き上げるか」

岩場から下に続く急な坂を駆けおりて、河上社へと歩いて行く、見てくれは小さな山賊という風情の子供の武装集団。それを見た坊主どもが露骨に嫌な顔をし、中には舌を打つ者もいる。

「こら悪童ども、我らが来たからには何も取らせやせんぞ、この罰当りが」

「お前らこそ供養料だといいながら、死体から金目のものを剥ぎ取るんじゃねぇか、我らと何がちがうんかい」

売り言葉に買い言葉、トラが悪態をついた坊主に言い返す。

「なにをっ」

腰の刀に手をかけながらこちらに向き直る坊主。

「やめておけ、相手は子供だ。それに、この状況で剥ぎ取りなどできんだろう、仏に近づくことすらできんよ」

「けっ、命拾いしたな生臭坊主。親切な同僚に感謝するこった」

トラはベーっと舌を出す。

この時代、子供も僧侶も武装する。いや、武装しない者など居ないといってもいい、誰もが武器を取り、戦わねば生きていけない時代なのだ。

近くの寺院から僧侶が集まり、近くに住む寺の檀家や河上社の氏子も出て後片付けが始まった。そもそもトラ達は何をしに来たかというと、戦のあとに残された死体から金目のものを漁るためにやって来たのだ。そう、彼らは死体あさりや落ち武者を襲う野伏、わかりやすく言うと落人狩りで生計を立てる孤児の集団だったのだ。

堅気の仕事として猟師もやってはいるが。

「ここは無理だな、しょうがねえ、引き上げるぞ」

暫く神社のほうを見ていたトラだが、付け入るスキが無いと悟り皆に引き返すよう指示をだす。

「トラ兄ちゃん、腹減った」

中で一番年少の梅介がトラの手を掴んで言う。

「ほれ、これでも食ってろ」

何かの干し肉を懐から取り出し、梅介に渡す。

「固いもん」

「なら帰って粥にしてやるから、辛抱しろ」

う~と言いながらしょげたように下を向き、これ以上なにも出てこないと悟った梅介は素直に離れていった。神社の外をぐるっと回り、そのまま川へと降りていく一行。しばらく歩くと河原の岩陰で、ひっそり隠れている死体を見つけた。

河上社は境内から直に川原へ出る事が出来る、おそらくこの者は急を知らせるために川に降り、川伝いに城なり他の陣なりに使いに出るつもりだったのだろう。背に二本矢が刺さっている、ここまで来て力尽きているところを見ると失血死か。一人でもないよりまし、そう思ったトラは死体へと近づき、ねんのため槍でとどめの一突き入れようとしたのだが、男の胸が上下している事に気が付いて手を止めた。

「息があるな」

どうする、殺すか。みなの視線もそう問いかけている。普段なら躊躇なくとどめをさすところだが、今回は事が事だ、もし意識が戻るなら聞いてみたい事もあった。

「梅介、こいつを濡らしてきてくれ」

手拭いを渡すトラ。死体と思っていた侍の腰から大小を引き抜き、武装を解除したうえで川原に横たえる。背中の矢は、軸棒を折って邪魔にならないようにしておいた。

「川の水、すんごい冷たい」

「おう、濡らして来たか」

そう言って手拭いを受け取り、軽く絞っただけで水がしたたりそうなそれを目元に当ててみた。

「ううっ。お、お主ら、何者じゃ」

正月の流水に晒された手拭いだ、あまりの冷たさに驚いたのか、びくっ跳ねて気を取り直す。慌てて辺りを見渡し、顔を覗き込んできたトラに問う。

「俺はトラ、この徒党の頭をやってる」

「儂は太田家豊、龍造寺に仕える侍じゃ。ごほっ」

「太田さま、背中から矢が刺さってる」

「うむ、わかっておる。わしはもう長くはもたん。トラと言ったな、ここで会うたのも何かの縁、一つ頼まれてくれぬか」

喋り終えるとせき込み血泡を吹く太田某、トラへ頼みごとがあるという。

「面倒はごめんだ」

「頼む、もはやお主らしかおらん。佐賀から城原へ向かう周家様に、コレを持って使いしてほしいのじゃ」

胸元をまさぐり封のされた紙、それと小さな小粒金をトラに差し出した。

「儂が死ねば持ち物は好きにするのだろう、この金だけでも使いの駄賃には十分のはずじゃ。その刀も褒美として頂戴した業物、無銘ではあるが悪くないのだぞ。な、頼む」

ごほっごほっ、咳とともに血が込み上げてくる。呼吸の音がおかしい。

わっ金だ!! 何人かの子供が滅多に見る事のない金を見て騒ぎ出し、苦しそうにする太田に早く死ねと言わんばかりの視線を向ける。戦乱の世では、人の心も荒むのだ。そんな子供たちを一瞥し、一つ大きなため息を吐く。黙って封のされた紙と金を受け取るトラ。そして、静かに言った。

「神代の殿様に睨まれるのは恐ろしいが、これだけの大金をただ貰うのも悪い気がする。だから、使い、頼まれてやる」

相手が死体ならば遠慮なく奪えるのに、まだ生きていて、さらに自らの死を悟った男の最後の頼み。何とも断りにくいもので、トラは苦い顔をしながらも太田の頼みを聞くことにした。

「で、その周家様というのは、いったいどこに居る、どこへ行けばいい」

「うむ、今ごろは和泉村の玉泉坊にいるはず、明日の朝には起つだろう。祇園原を抜け、勢福寺のお城がある城原を目指すはずだ」

その時にこれを渡せと、青地に金糸で日輪の刺繍がされたお守りを手渡された。お主が何者であろうとも、このお守りを渡せば書状を受け取ってくれる。改めて褒美も貰えるだろう、太田はそこまで喋ると、もはや力尽きたのかそのまま眠るように息を引き取った。

「長太、勘助、何人か連れて寺に運んでくれ。俺たちはこのまま先に帰る。取り上げられてはならぬ預かり物もある故な」

言葉を交わしてしまった目の前の死体、もはや捨て置くのはよくない気がした。太田の死体は、子供たちによって間もなく褌いっちょうの裸に剥かれた。当然、持ち物は全部いただく。

「さて、小屋まで戻って飯にしよう。ひと眠りしたら、俺と梅介、長太で使いにでる。帰るぞ」

戦場を渡り歩く武者狩りの一団、人死を見慣れているとはいえ、今日の戦はあまり見て気持ちのいいものではなかった。また、見つかれば口封じにされる、その恐怖があったため動くに動けず緊張を強いられたというのもあり、みな疲れて口数も少なく家路についた。

ここで引き受けた使いが、更なる悲劇を目撃する結果になるとも知らずに。

河上社頭の戦い、現場に行ってきましたよ!

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