映画「清須会議」レビュー!リアリティを捨てた人間ドラマ、65点/100点

戦国時代をもっと知りたい、出来れば視覚的に。そんな望みを叶えてくれる戦国時代を題材にした映画やドラマを見て、感想を書いてみるのがこのコーナー。今回は本能寺の変で織田信長が討たれたのち、豊臣秀吉が天下を取る切っ掛けとなった織田家の跡目相続の評定「清須会議」を題材にした映画。

映画「清須会議」より

「清須会議」

まずこの映画の舞台となった清須会議についてザクっと書いてい見ると、天正10年(1582)京都の本能寺で織田信長が明智光秀の謀反により討たれます。信長と共に京都にいた織田家当主の織田信忠も同時に討たれ、この織田家最大の危機を乗り切るために織田家の重臣を集めた大評定が開かれました。それが清須会議です。

このとき織田信長はすでに隠居していて、信忠が当主を相続していました。しかし当主の信忠が同時に討たれたことで、その嫡男である三法師が跡目を継ぐのですがまだ幼く、名代や後見の有無なども含めて今後の体制を早急に整える必要がありました。

このとき柴田勝家が推す織田信孝と、秀吉が推す三法師、この両者で対立があったとされていますが、実際には後継は信長、信忠存命中に決まっていました。

清須会議の結果、当主を三法師が相続し、叔父の織田信雄と信孝が後見人となりました。傅役に堀秀政を付け、運営の実務は執権の羽柴秀吉、柴田勝家、丹羽長秀、池田恒興の4名が支えるという織田家の新体制が整えられたのです。

映画版の清須会議 評価 65点/100点

映画などでは織田家の跡目相続をめぐって信長の次男織田信雄、三男織田信孝、信忠の嫡男三法師の三人から選ぶ評定があったとされていて、三谷映画ではこの説を採用してす。筆頭宿老である柴田勝家、そして対抗の羽柴秀吉(豊臣秀吉)との対立があり、最後は三法師を押す秀吉が宿老丹羽長秀の協力もあり跡目争いに勝利して実権を握るというストーリー。

何をどう作ろうが時代劇、歴史映画というのは歴史資料を元にして作られる絵空事、フィクションなんですよね。なので史実がどうだというのは全くナンセンスな話……なのだけれども、やはり見ている人に現実と思わせられるような説得力というか、いわゆる偽物でも本物っぽさというのが欲しい。なぜって?

だって、戦国だもの。

だがしかし、この作品にそんなものを求めてはいけません。

出演の役者、音楽、演出、とにかくどっから切っても三谷映画。舞台演劇的な演出、現代風のモダンでコミカルなコントのような掛け合い。シリアスとは真逆にあるコミカルな演劇作品です。

織田家の豪華な武将が集結し、それを役所広司や佐藤浩市といった俳優が演じるのだけれども、それは全てコント風。そもそも作り手も喜劇と言っているわけで、ドキュメンタリータッチのシリアスドラマを期待してみる者ではないのですが、それでもあんまりでしょ……という内容。

合戦シーンもなく、緊張感もない。序盤からダラダラと続いて行き、喜劇なのに笑えるシーンもない。まったくもってどう評価していいか分からない作品なんだけれども、清須会議が終わり三法師の跡目相続が決まり、清須会議が終わって皆が自領へと引き上げていくまでの流れ、このシーンが非常に感慨深いというか、感じ入ってしまいました。

この後、羽柴秀吉と柴田勝家の対立は決定的となり、賤ケ岳の合戦へと突き進んでいきます。この映画の中でも会議で対立しながらも、それでも小さな国人領主であった織田家を支え合ってきた同僚というか、そういう身内の繋がりのような温かさを持った関係を描いたこの作品。

信長に仕え、共に切磋琢磨しながら共に大きくなってきた、いわば同士といえる存在。尾張の守護代家の分家という小さな国人領主から、数多の危機を乗り越えて天下に手がかかるまで大きくなった織田家。いがみ合いながらでも、互いに認め合い尊敬しあう間でもあったでしょう。そんな二人が最後は殺し合うのだと思うと、なんともやりきれないというか、当時の過酷な環境を実感させられ見ていてなんともやり切れない気持ちになりました。

この映画ではそこまで描いていません、ただ会議が終わり越前へと帰還する勝家、見送る秀吉夫妻、そして清州の青い空。

途中は退屈で、地味で、とにかく面白くない映画だったけども、最後まで見て初めてこの映画の面白さが理解できた気がする。なるほど、これを書きたかったのか……映画って深いですね。

映画は笑えるシーンが少なかったけど、プロモーション動画は編集が上手くて笑える。

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